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商品詳細乃木希典の「書」合せ掛軸 2点になります。(箱なし)
◆印刷ではありません◆
掛軸全体にしわ、しみ、汚れが有ります。
掛軸大 表具 約 199cm × 59.7cm
掛軸小 表具 約 148cm × 47.5cm
日露戦争に出征した私の曾祖父が、乃木希典から賜った掛け軸です。
昭和3年に、同じく日露戦争の戦友であった一戸兵衛に鑑定を依頼し、真書であることを証明した鑑定書も添付いたします。
【乃木希典】
父は長府藩士。第2次長州征討に参加。明治4(1871)年陸軍少佐に任官。萩の乱、西南戦争に従軍。20年戦術研究のため川上操六とドイツ留学。日清戦争では歩兵第1旅団長として従軍し、旅順を占領。29年第3代台湾総督に就任。37年大将へ昇進。日露戦争では第3軍司令官として旅順攻略を指揮するも、困難を極めた。戦後、軍事参議官となるが、40年から明治天皇の意を受けて学習院の院長を兼任。明治天皇大喪の日、妻静子とともに殉死。
【一戸兵衛】
陸奥国(青森県弘前市)出身。弘前藩士の一戸範貞の長男として生まれる。東奥義塾を経て、1874(M7)陸軍兵学寮に入り、1876 陸軍少尉試補となり歩兵第2連隊付を命ぜられ、翌年の西南戦争に出征。負傷するも凱旋し少尉に進級。
その後、歩兵第1連隊付、陸軍教導団小隊長、第8連隊中隊長、第10旅団参謀、第12連隊付、広島鎮台歩兵第11連隊大隊長を歴任。1894 大島混成旅団先発隊として日清戦争に出征。日清戦争では先遣隊として福島安正、上原勇作とともに朝鮮半島に渡る。朝鮮公使から上陸するなと要請されて京城への入城も拒否されるも、上原らと共謀して海軍陸戦隊と入れ替わることで入城することに成功する。京城までの道のりは険しく先遣隊は極度に消耗したが、陸戦隊よりもはるかに規模が大きかったこともあり、袁世凱は京城から退くことになった。
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| 商品の状態 | やや傷や汚れあり |
|---|---|
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| 配送の方法 | らくらくメルカリ便 |
| 発送元の地域 | 未定 |
| 発送までの日数 | 2~3日で発送 |







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